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体質改善? [小説]

青臭いとまとが好きだった。赤く熟して朝露をまとった輝く果実よりも、固く歯ごたえのあるものを好んだ。ところがあの日以来変わったのだった。

大きな草原を急いでいるともこもこした雲がひろがり急に暗くなった。雷鳴がいきなり耳近くに轟いた。大粒の雨が頭上から降り注いだ。急いで近くの楠に雨宿りした。音と光が同時にあふれて、全身を激しいものが走り抜けた。しばらく気絶していたようだ。雨はあがり、空は朱に染まっていた。きれいな夕焼けであった。気絶していた間も夢を見ていたようで空を飛んでいたような記憶が残っていた。空にはひらひらと舞うものが無数にいた。蝙蝠だった。蝙蝠は敏捷に空を飛びまわった。唾をのみ込むと血の味がした。

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揚羽蝶 [小説]

 熱帯地方でみた揚羽蝶は、女の顔立ちを思い出させるとしか譬えようがない模様が羽全体を覆っていた。

 蝶は羽化するために幼虫時代にはもりもりと食べて成長するが、さなぎになってからは食事をしなくなる。私たちが知っている蝶の口はまるまったストローで、水分の補給にしか役立たない。したがって羽化後も食事はできないことになる。ひもじくはないのだろうか、といつも疑問に思っていた。

 熱帯地方の焼けつくような午後、赤土の露出した路を歩いていると、女の顔のような模様の揚羽蝶が群れ集っているのに出くわした。まるで小さな山のようになっていた。山に入れない蝶は狂ったように宙を舞い、山の一部になるのを狙っているようだった。私が近づくと女たちの目がいっせいに私のほうをにらんだように見えた。そして、それ以上に近づいたとき、皆いっせいに舞いあがった。山の下にあったのは若い男の亡骸で、全身に血のにじんだ小さな穴があいていた。
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赤い糸 [小説]

 ピンク色のセーターのはじから赤い糸が飛びだしていた。僕はそれをたどることにした。
赤い糸は砂丘の上をくねっていた。緑の森を抜け、その先の大きな湖をおおった霧の向う
へとつながっていた。

 どこまでいってもはじがみつからない。ついに大きな海の中へとつながっていたのをみつ
けた。どうやら赤い糸は世界のどこにでもつながっているようだった。

 しかし、赤い糸は僕にだけはつながっていなかった。赤い糸が世界とすると僕は世界から
疎外されている。海を抜けた赤い糸は空に昇り、中空の月にむかっていた。ピンクのセータ
ーの赤い糸をひいたら月がすこしだけこちらに来た。
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無用のもの [小説]

 日頃は背広とシャツにかくれているが、私の背中には小さな翼がある。
肩甲骨につながって骨がつきだし、そこに羽毛が生えている。
翼をかくしているときの私はむしろシャイなのだが、翼をひろげた時には
全身に力が漲り、なぜだか自信満々になる。

 彼女も最初は驚いていたが、慣れれば気にならないようで、そのときに
翼をつかんだりする。

 ある時、大事なプレゼンがあって、私はその中心メンバーに任命された。
大きな会議室で重要な地位にある多くの要人たち・・・。どうしても自信を
もって語れない私はシャツに穴をあけて背広の下でわずかに翼をひろげる
ことにした。

 プレゼンは想った以上にうまく進行した。私の自信が声のトーンを魅力的
にしたようだ。最後の章に進んだ私は汗だくになっているのに気付いた。
「ちょっと失礼します」と思わず背広を脱いでしまった。
誰もが目をみひらき、絶句していた。

 緊張のあまり羽ばたくとすこしだけ宙に浮いていた。
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幻の花 [小説]

 寝付けないほど暑い日が3日ほど続いた深夜、突然に耳元で滝の流れる水音が響いた。
空耳を聴いたと思ったのだけれど、目が覚めても水音は消えない。
しかし目をあけることはできない。
たしかに布団の上に寝てはいるが、まわりが水に満たされているのが感覚できる。
顔に水飛沫がかかる。
 するどい声で鳴いたのはヤマセミだろうか。魚を追って水に飛び込む音が響いた。
その音の方へ手を伸ばす。何かをつかむと水音が消えた。しずかに瞼をあける。
障子ごしにそそぐ月光。
 布団の上に私は寝ていた。あたりを見回しても寝た時と変りはなかった。
ほっと息を吐くと右手には真紅の花が握られていた。
水がしたたる真紅の花がみっつ。私はしっかりと握っていた。

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たいせつな風景・S市点描「二度目もすれ違い」(3) [小説]

未舗装の乾いた道の両側には空につきささるようにポプラの木が屹立している。空はどんよりと曇っていて今にも雨が落ちてきそうである。

馬が大きな荷馬車をひいている。まわりは何かの畑であって馬の体からは湯気がたっている。空にはカラスが群れている。

港に面した市場のお母さんが手に大きな魚をもって叫んでいる。深いしわが刻まれているが、それが人の年輪のように見える。

雪が舞う中を路面電車が大きく曲がってくる。電線が火花を飛ばした。周囲のビルにはさまざまな店の看板が光っている。人は快活に笑いながら、でもちょっと寒そうにポケットに手をいれて歩いている。

レンガ造りの倉庫には鉄の扉がある。ペンキが剥げて錆がまだらに浮かんでいる。でもそれが美しい造形となっている。昼の月が頭上にうすぼんやりと浮かんでいる。

片流れの大きな屋根をもった平屋の家には煙突がかならずある。屋根はカラフルな色のトタン屋根だ。屋根には雪が一気にすべりおちてこないために木の棒が打ちつけられている。

車の通行量の多い幹線道路の道沿いに白い幹の広葉樹が植えられている。それがコントラストをつくっていて美しい。ときどき放牧された牛を見ることができる。その先には湿地帯があって初夏には美しい花を咲かせる。

公園を流れる川に夏になると多くの子供たちが水遊びにやってくる。あひるのおもちゃをもった女の子がバランスを崩して尻もちをついた。逆光の中で若い母親が飛び出してきて泣いている女の子を抱きかかえる。

街の真ん中に大きな植物園があって緑の芝生には学生たちが昼寝をしている。ときどき松ぼっくりが落ちてくる。みあげるとカラスが落としたようだ。

時計台の北には水色のペンキで美しく塗装された二階建ての木造建築があって、紙屋を営んでいる。そこからみあげると時計台のむこうに上る月をみることができる。

その街はネオンだらけだった。派手なネオンが光り続ける。路上には客をひく男たちがいて、手には看板をもっている。朝方まで人通りが絶えることはない。こんな街の真ん中にも「番外地」はある。

南側にある山を最後に北側にひろがる台地は平坦である。地下水が豊富で、湧き出した水が池や湿地をつくる。街中でもそのような場所がある。平坦な土地には高さの高くない家が作られているが、そうした中に旧式の工場があったりする。

桜が咲く、梅が咲く、こぶしが咲く。一気にあらゆる花が咲く。春は激しい季節だ。一刻も早く春を享受したいと声をあげながら成長してくるような植物たち。閉ざされた冬から解放された人々が暖かな空気を満喫する。S市の春は生命の祭典だ。あらゆる命が一時に活動を始める。僕の大切な風景よ、僕の記憶の中にある都市よ。モノクロの印画紙に記録された風景をみつめながら、記憶の中の色彩やにおいまで思い出していた。二度と出会うことのできない都市。いとおしい記憶の中でしか出会えない都市。

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たいせつな風景・S市点描「二度目もすれ違い」(2) [小説]

僕の耳には石川さゆりの歌声が響いていた。

「北に帰る人の群れはだれも無口で・・・」

そして僕は、海鳴だけを聞きながら船の人になったのだった。

 「本当に久しぶりだねえ、珈琲でもどう?」と「彼」は覚えたばかりの喫茶店に僕を誘った。そこは近くに新聞社のある「ルナ」という店だった。長いカウンターだけの店で、Kさんというママが一人で切り盛りしていた。「彼」はS市の画廊で開催される写真を展示する個展のために来たということだった。良い機会なので、しばらくS市に住んで周辺の写真を撮影するつもりだと僕に告げた。

 「だけど、僕たちはどういうめぐりあわせなんでしょうか。偶然の出会いを二度もするなんて・・・。驚きですね。」

 「本当だね。僕も驚いた。君をみつけて思わずシャッターを切っちゃった。何年生になった?」

Kさんはカウンターの中で僕たちを不思議そうに見ていた。僕もたまに訪れることのある店だったので、東京から来たばかりだけど毎日通い始めた「彼」と僕がどうつながっていたのか想像できないようだった。梅雨のないS市の6月は本当に気持ちの良い季節である。あたりはニセアカシアの花が満開であった。

 ある日、Kさんから電話があって「O市に行こう。」との誘いだった。「彼」も一緒にゆくとの事だった。「お寿司を食べに行くよ。」が目的だった。Kさんの車に乗って海岸沿いの道を走った。海からの風が心地よく、僕たちは饒舌になった。海からそそり立つ岩には海鵜の黒い姿が見えていた。波の音が響いている。S市には海はないのだが、こうして車で走れば海は遠くなかった。岩の間を道は縫うように抜けてゆく。初夏の光線を受けて海はきらきらと輝いていた。「彼」はカメラ取り出してシャッターを切り始めた。そのリズミカルな音が心地よかった。O市には大正時代につくられた運河が町の中心にあって淀んだ水をたたえていた。これが悪臭の原因でもあるとのことから埋め立ててしまえという意見が出ていた。しかし運河は歴史的な遺構でもあり、周囲には時代のあるレンガ倉庫や建造物が並んでいた。古くはあるが愛おしい街並みであった。レンガの倉庫群は本来の役割を終えて運河のまわりに静かにたたずんでいた。そこに工芸作家や美術家が移り住んで、アトリエとして使い始めたころだった。そんな一角に「海猫屋」はあった。レンガ倉庫を改造して喫茶店兼バーにしていたが、その一方で土方巽の暗黒舞踏の流れをくむ北方舞踏派の稽古場にもなっていた。彼らは「海猫屋」を拠店として活動していた。近くの寿司屋で握りを食べたあとで僕たちは珈琲を飲みに訪れたのだった。吹硝子のランプがともっていた。

 「この町の空気みたいなものを撮りたくなりました。独特の空気、臭いがありますね。光線もまるでヨーロッパのように斜めの角度ですし・・・」

「彼」はS市の何の変哲もない街並みや普通の人々をフィルムにとらえ続けたが、「彼」のフィルムにはO市の北方舞踏派や鈴蘭党といった舞踏集団の姿も写しこまれていった。一体「彼」は何本のフィルムにS市や周囲の土地、人々を収めたのだろう。「彼」は夏の間をS市の北東部の平坦な土地にあるアパートの一室で過ごし、冬の初めまではいたのだが、東京で仕事が入って帰らねばならなくなった。最後に一緒に夕飯を食べてわかれた。根雪にはなっていなかったが、雪を見てから東京に向かったのはよかったようだ。「彼」が撮影した写真には80年代はじめのS市の情景が確実に記録されていて、僕の記憶の中の当時のS市を常に喚起する。それきり「彼」と二度と会う事はなかった。


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たいせつな風景・S市点描「二度目もすれ違い」(1) [小説]

 すれ違いざまにシャターをおされた。大きなシャッター音が響いた。どうやら歩きながら立ち止りもせずに彼は僕の写真を撮影したのだった。驚いている僕に彼は「やあ」と笑いかけた。一瞬とまどったが、その笑顔が僕の記憶の中の「彼」と一致したのだった。「わあ、おひさしぶりです。どうしたんですか。」僕の問いかけに彼は照れ臭そうに頭をかいた。「彼」がまさかS市の市街を歩いているとは思わなかった。彼と出会ったのは2年ほど前のことだった。

 僕にとって初めてのS市の夏は急ぎ足で去っていった。やがて周囲の山から木々が色づき始めたのだった。秋のある週末の夜、思い立って南に向かう特急列車に飛び乗った。月のない夜だったのか窓から見える空にはこぼれ落ちてきそうなくらい星があふれ、とけあうように輝いていた。それは恐ろしいくらいに美しかった。窓には僕の姿も映っていて、そのむこうがわの森は黒くて深かった。列車の揺れは大きかったが、レールの継ぎ目を通る時のリズミカルな音が子守唄になって、いつしか眠りにおちていた。目がさめるとすぐに列車は終着駅についた。ここで大きな船に乗り換えて南に向かうのだ。船には畳敷きの部屋があって再び眠ることができた。やがて船はまだ朝日が昇っていない南の港についていた。まだ眠くてしかたがない僕はその駅の待合室で目をつぶって休んだ。そんな僕の耳に構内放送が聞こえた。その日最初のアナウンスは始発バスの案内だった。深く考えずに案内されたバスに乗り、なにとはなしに訪れた湖に「彼」はいたのだった。もともと「彼」もそのバスの乗客だった。出発の時には「彼」や僕のほかにも乗客はいた。しかし長い路線を走るうちに一人二人と降りてゆき、湖の入口にあるバスの終着停留所に着く時には僕と「彼」だけになっていたのだった。バスをおりて湖にのびる道を歩き、橋をわたり始めた時にはじめて「彼」を意識したのだった。その橋を僕も「彼」も歩いていた。「彼」は橋の上から湖にレンズをむけて何度もシャッターを切っていた。僕はそんな「彼」を見ながら先へ先へと歩を進めた。まるで何かから逃げているみたいだなと思った。長い長い橋梁の真ん中あたりまで歩いたところで振り返ると、「彼」はまだバス停に近い場所に留まったままでカメラを湖に向けていた。そうか、夕陽をまっているのかと気がついた。僕はそのまま立ち止ることなく橋を渡り終えた。渡りきったのは良いが、先にはバスも鉄道もなかった。仕方なく僕はヒッチハイクを始めた。細切れに地元の車を乗り継いでやっとのことで、その夜の宿についたのだった。すでに夜になっていた。玄関で名前を告げると「東京からですか?」と聞かれた。S市からです、と言うと「すみません、今夜はもうおひとり同じお名前の東京からのお客様がいらっしゃるので」とのこと。夕食のとき、女将から紹介された「東京の人」が「彼」だった。
 「湖でお会いしましたよね」
 「橋をどんどん渡っていかれたでしょう。あの先は交通機関がないし、どう見ても地元の人じゃなさそうだし、どうされるのだろうとちょっと心配していたんですよ。僕は夕陽を撮影するつもりだったから、ずっとあの場所にいて、同じバス停から戻ってきたんですよ。あれからどうされたんですか?」
 「実はヒッチハイクをしまして・・・車を13台乗り継いでここまで辿り着きました。途中で名物のしじみ汁までご馳走になりました。時間はかかりましたが、それはそれで楽しかったですよ。」

「彼」はヒッチハイクなど想像だにしなかったようで、驚いて聞いていた。宿には僕たち二人のほかは女性客ばかりであった。女将のはからいなのか、僕と「彼」は夕食も同じ時間、同じ食卓であった。そのため、夕食をとりながら話をし続け、食後もロビーの喫茶コーナーで話を続けた。理由はわからないが、僕は「彼」を初めて会った人には思えなかった。

しかし、僕たち二人ともに旅の気分の中にいたためか、名刺を渡すとか住所を知らせあうこともしないまま「おやすみなさい」ということになった。「彼」の言動や様子からプロのカメラマンであるとはわかったが、それ以上のことは聞かなかった。翌朝、遅めに起床したら、すでに「彼」は出発していた。それきりであったのだ。「彼」のことを記憶に残して僕はS市に向ったのだった。

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たいせつな風景・S市点描「十年後を待ちながら」(4) [小説]

Kohseiさんとのつきあいは僕がS市を離れる日まで続いた。ときどきは会い、文学の話をし、お互いの女性関係の話をしたりした。Kohseiさんは一人のときはジャズをきき、ソウルをきいてはバーボンをのどに流し込んでいたようだ。一日の生活でついてしまった傷口を無理に消毒するような飲み方だった。那美さんは芝居の方のかかわりが深くなって次第に会う機会もなくなった。僕はしかし、僕たち三人が肩をよせあった初夏を忘れない。いや、忘れられない。

 僕が始めたアルバイトの職場に本当に偶然にKohseiさんが職を得たのだった。僕は驚いたが、Kohseiさんも驚いていた。しばらくして二人はコンビを組んだ。配達をするのにKohseiさんが運転し、僕が手持ちして個宅に配達・納品した。アルバイトの間、二人は朝から夕方までずっと一緒だった。お互いに話す時間は無限にあるのではないかと思ったほどだった。僕たちは車でS市のすみからすみまでを走りまわることになった。夏の輝くような緑の林の中を抜け、秋は真紅の山肌を走り、黄色の葉が舞い散る歩道をあるいた。真冬には雪にタイヤをとられて回転し、トラックにぶつかりそうになった。二人ともに命拾いをしたと思った。
Kohseiさんもさすがに冷静さを失い、真っ青になっていた。雪がとけるとそこから緑が萌えた。蕗の薹だった。水辺には水芭蕉が白い花弁を伸ばした。雪が完全に消えるころ、タラの芽が誰も収穫する人もいないままに放置されているのに気付いた。Kohseiさんに相談し、少しさぼってもらい休憩時間でタラの芽をつんだ。Kohseiさんが煙草を一本喫う間にビニール袋いっぱいにつむことができた。当時のS市にはタラの芽を食べる習慣はなかったようだった。下宿に持ち帰ったが、誰も喜ばなかった。それもそのはずで、誰一人食べ方を知らなかったのだった。仕方なく下ごしらえから僕が一人で料理した。天婦羅にあげたのだが、あげ終わるともの凄い量になっていた。

 学部に進学してからの僕は次第に交際の範囲を広げ、文学関係の仲間よりも美術関係の仲間との付き合いが広く、深くなっていった。もちろん、長い休みがとれる夏休みの時期にはKohseiさんの車にできるだけ乗るようにした。だが、学部に進学すると専門課程の勉強が待っており、そうそうアルバイトにせいを出すわけにもいかなくなっていた。

 大学四年生の秋、僕は東京の大きな会社の就職試験を受け、内定をもらってしまった。S市で頑張ろうといっていた仲間たちからは裏切者よばわりもされたが、S市に残ると約束したわけではなかったので、そんな相手からも「おめでとう」の祝福をされた。Kohseiさんもそんな一人だった。「東京に行ってしまうのかあ・・・」と寂しそうに笑った。そして煙草をふかしていた。そのうつむいていた影を妙に記憶している。お祝いだなと連れていってくれたのはやはりSUSUKINOのジャズバーだった。その日はモンクの曲がかかっており、モンクが終わるとコールトレインの曲が大きな音量で流れてきた。明け方近く、あたりはその年の初雪に包まれた。静かなしずかな情景であった。涙が出そうな美しさだった。

 仕事に就いた僕は仕事を覚えるのに精いっぱいで、Kohseiさんに連絡することもなかった。そんなときに会社の電話が鳴ったのだった。電話の相手はS市の僕とKohseiさんの雇い主であった方であった。どうしたんだろうと思ったが、彼は「Kohsei君が亡くなった。昨日のことだ。君には知らせておこうと思って調べて電話をしたんだ・・・。」と告げた。
僕はなんとかしたかったが、S市には行けなかった。那美さんの死も同じ雇い主から聞いた。あの夏の二人の声が蘇る。林檎の花をみるたびに那美さんとKohseiさんの姿が眼前に現れる。那美さんに十年後に会いに行かなかったことを悔やんだ。

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たいせつな風景・S市点描「十年後を待ちながら」(3) [小説]

 僕と那美さんとのつながりは文学だったが、那美さんは演劇につよい関心をもっていた。どうやら芝居の演出や舞台美術の仕事なども受けていたようだった。S市にはいくつかの劇団があって、那美さんもその一つに属していた。S市の中心近い商店街にT小路があり、賑わっていた。いつも人通りが絶えなかった。東から西に向かい長いアーケードがつながっていて、おおくの飲食店やみやげもの屋があった。文学者がおおぜい集まるバーもT小路にはあった。演劇関係者はT小路の真ん中あたりの2階にあったロシア料理店によく出入りしていた。那美さんからの次の呼び出しはこの「ロシア料理店に集合!」であった。S市にはロシア革命のときに亡命、来日したロシア人もいた。那美さんの演劇仲間にもロシア人のクォーターだという女優がいた。芝居の打ちあげをロシア料理店でやったそうで、まだ何人かの役者も残っていたが、そこに僕は呼び出されたのだった。「今日は私のおごりだから、好きなものを頼んでよ」と言われた。どうやらこの間のお詫びらしい。那美さんらしいが、これだって考えようによっては、かなり遅い時間だったし、僕が迷惑に思わないなんて確信はないだろうし、不思議なお詫びではあった。
 
 那美さんはハンガリー・トカイの貴腐ワインを飲みほしてしまい、今は冷凍したボトルからどろどろになったストラバヤを飲んでいた。僕は那美さんが頼んでくれたボルシチを食べ、露西亜餃子やキノコ料理、ピロシキをたいらげた。飲めない僕はバラのジャムロシアン・ティーを飲んだ。そして「この人はねえ、十年後が楽しみなのよ。私はね、十年後にこの人がどうなっているのか確かめたいと思うの。」と那美さんはマスターや残っていた俳優たちに告げた。役者たちは「君は一体何をしている人なの。」と僕のまわりに集まってきた。でも、僕はなにものでもなかった。那美さんが僕の手をとって店の外へと連れて走った。アーケードがきれた空には天の川が流れていた。きれいだった。まるで空に無数の星が溶けてゆくようだった。そうまるで、今まさにその場で融けているようだった。星のるつぼがそこにはあった。

 Kohseiさんは、那美さんに自分が何を言ったか覚えていないようだった。あるいは覚えていない振りをしているだけかもしれなかったが、それ以上詮索はしなかった。Kohseiさんと僕はあの夜以来親しくなり、よく会うようになった。Kohseiさんは普通の人に比べて強い感受性を持っていて、その分傷つきやすいように思った。いつも自分を自分で傷つけてしまうところがあって、それが僕には心配であった。ある日、車で僕の家にやってきたKohseiさんは「今からH市にゆこう」という。さすがに僕は驚いた。大丈夫なんですか、仕事はどうするんですかと思った。Kohseiさんは全くそんなことは気にしていなかった。H市にはKohseiさんと同じころに文学に関する新人賞を受賞した文学者がいて、その人を訪ねるというのだ。迷惑じゃないだろうかと思ったが、「大丈夫。」と断定されて助手席にのった。はじめて乗ったKohseiさんの運転は予測不能な動きをすることがあって少し戸惑ったが、すぐに慣れた。車窓には初夏の山並みや緑が飛びこんでくる。窓をあければさわやかな風がほほに吹き付けた。さすがにH市は遠く、一泊することになった。Kohseiさんは純粋で、無垢でまっすぐな人であったが、一方で向う見ずな、こうしようと決めたら曲げないところがあって、周囲を戸惑わせた。山の上からみたH市の夜景は美しく、きらきらと輝いていた。Kohseiさんは那美さんが僕たちのそばにいないのが寂しいようだった。そのことをきくと、さびしそうに笑った。麓からは気持ち良い風が吹いてきていた。

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