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たいせつな風景・S市点描「一度だけの赤いシャツ」(1) [小説]

 真っ赤な扉のN画廊は時計台のすぐ北側にあった大正時代の石造のビルの中にあった。歩くと廊下も階段もぎしぎしと音をたてた。S市に住んで初めての冬、あたりは雪に埋もれていた。雪の戸外はたとえ日が照っていなくとも少し眩しく、廊下の暗さに目がなれるのに時間がかかった。目が暗さになれても、真鍮製のドアノブを回して、赤い扉を引いて中に入るのは少し勇気が必要だった。室内には大型のストーブがあって暖かかった。ストーブの上にはヤカンがおかれ湯気をあげていた。その日、僕はどうしてもみたかった1枚の銅版画のためにその場所を訪れたのだった。真正面にかけられていたその画面にはリアルな質感で革ジャンパーが描かれていた。みとれていると背後から声がした。

   「君もこの絵を見に来たの?この質感いいよね。まるで本当にそこにジャンパーがあるみたいだよね。」

僕はそれには答えなかったが、軽くうなずくとまた絵に見入った。Satoshiはストーブのそばの椅子に座ってお茶を飲んでいた。彼も僕と同じ年頃に見えたが、画廊のような場所に落ち着いていることもあって、僕には彼がずいぶん年上のように感じた。Satoshiは立ち上がると会場にかけられた銅版画たちをもう一度しっかりと見てまわっていた。Satoshiは白いシャツにグレーのセーター、それに黒のジーンズ。靴は黒のブーツを履いていた。気取らない姿勢でリラックスして絵を楽しんでいるのがわかった。僕が先に画廊を辞すると、急ぎ足でうしろから追いかけてきた。寒い外に出たので室内でのかっこうの上に黒いジャンパーと白い毛糸の帽子をかぶっていた。

 「このそばにおいしいコーヒーを飲ませる店があるからいこうよ。」と言われた。外はふわふわした牡丹雪が空間を埋めていた。車の間を走り抜けてモノトーンの内装が美しい店に入った。そこはちょうど時計台の眞裏にあたる場所だった。コーヒーを飲みながら話すとSatoshiは高校を出て画家になるためにS市に出てきて修行中とのことだった。今日見た絵はスーパーリアルな表現であったが、彼は抽象画を描いたり、展示空間全体をインスタレーションで構成するなどしているとのことだった。僕の大学の話になり、クラブは何をしているのかと聞くので登山のサークルに入っていると答えると、彼は目を輝かせた。彼も高校時代には山登りをしていたのだ。僕は雪山登山だけはやらないと決めていたので、雪が溶けたらどこかの山に一緒に行こうと約束して別れた。店を出ると、牡丹雪は気温が下がったためにさらさらの粉雪に変っていた。牡丹雪の時は多少暗く感じた景色が白く輝き始めたように感じた。手袋に雪をうけると結晶がどこも崩れずに肉眼で見えた。その完璧なシンメトリーが美しいなと思った。そんな僕にあきれたのか、Satoshiは手をひらひらさせながら走って路地に消えた。

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